きーおぶざとわいらいと(厨二小並)

やあ、いらっしゃい無駄な事を書き記しております。

▷人それぞれだよ、とりまき

f:id:ninzin1010xx:20151108140133j:image

    やっと☆つけれたぜ!多分!!!!
    おばちゃん新しい事は苦手でなぁ。
    寝ると言ったな?あれは嘘だ!!!


価値観だなんてだと一緒なわけがない。
価値観が似ているにしてもそう思うのはただの幻想であって、結局人間という生き物は自分しか分からないことが多すぎる。


故に自分を微かでも理解してくれる人を見てけられた場合にはそれを拠り所とするんだろう。

何が大切か、そんなものはわからないけど  きっと人それぞれ出す答えは全くと言っていいほどに違ってくるはずだ。


ある物事  があったとして、それをどう捉えるかはそれを咀嚼する人間の背景や世界により全く別ものとなる。


他人が自分を理解できないと言う。
その人も、自分以外の生き物を理解なんて出来ていない、しようともしない。のかもしれない。


そんな無数に散りばめられている価値観の糸の中で、動いて社会を創り出した。かろうじて何本か絡まるその糸に縋り付いた。


切れてしまいそうに脆く弱い。
そんなギリギリの世界で息をする貴重な幸せに目を逸らしたのはいつことだったかなあ。

社会とは不思議なもので他人と同じでいることに安心する ミメティスムと、他人とは同じでいたくないと嫌がるする反ミメティスムとな交錯し合う。


誰もが抱える矛盾を笑える誰かはいるのだろうか。

多数決の裏に潜む反発や、少数派の裏に潜む不安感。

同調することに安心し、また不安を抱く。


価値観は違えど誰だって矛盾は隠しきれないものであろうと思う。



ルールと名付けられるものは存在しそれを犯せば罰は下される。
それを理解してしまえば後はその線を超えないよう気をつけるだけ、


全てが思考で解決できるとは思わない。全てが同じ結果になるとは思わない。

否定的に世界を見ることをやめるのはとても大変だ。良しも悪しもなんて誰がどこなら判断するかによって360度死角はなくぐるぐる変わるもの

他人を理解するなんて不可能、でも引っ括めて愛せる人がいるのはそれはそれは幸せなことだ。